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2010年5月16日 - 2010年5月22日

江原啓之さんの講演

3月末に江原啓之さんの「愛する人との出会いと別れ・看取り」という講座に参加して、内容をブログに書きたいと思っていましたが、メモしたノートがどっかに行ってしまい、記憶があやふやになってしまいました。

覚えていることをかいつまんで言うと、こんな感じ。

・出会いは宿命(=どの人に会うのかはあらかじめ決まっている)、その出会いをどう発展させるかは運命(=自分の手で料理する)

・これまであまり言いたくなかったけど、ほとんどのすべてのことが前世の影響を受けているといってもいい。こういうことを言うと、うまくいかないことがあるとすぐに前世のせいにしたり、変なスピリチュアルごっごにはまる人がいるから、あまり言いたくなかった。でも、結局、前世のことを知っても、「ふーん、そうなんだ」という人がほとんどで、今生の教訓にする人は少ない。だから、前世のことは知る必要はない。

・生まれ変わりというのは、まるまる100%の自分がそのまま何度も再生を繰り返すわけではない。完全再生ではなく、部分再生。人はみな、グループソウル(類魂)という魂の故郷から地球という「トレーニングジム」に来て、魂を浄化させるべく人生生きている。だから、人間力を鍛えるために、この世は辛いことがいっぱいあって当たり前。辛くなければ生まれてきた意味がない。トレーニングが修了すると、「あの世」に「帰れる」。学び足りないうちは、まだ「この世で生きて修業しろ」ということ。死後は、再びグループソウルの中に溶け込む(1つのエネルギー体のような感じか。そのエネルギー体の未熟な部分が、一滴の水のようにこの世に再生して、浄化に努める。このサイクルはエネルギー体が完全に清浄な状態になり、この世に生まれてくる必要がなくなるまで延々と続く)。

・生まれ変わりのサイクルはだいたい300~数百年といわれているが、もっと早い人もいる。遅い早いはなんでなのか、謎。

・ガンになったら、西洋医学でちゃんと治療を受けるべき。医療の発展も人類のカルマ。辛くても見込みがあるうちは治療すべき。末期で余命が決まっているような人は、積極治療ではなく、緩和ケアで苦痛を軽減する。安楽死は自殺と同じ、反対(口のきけない動物はその限りではない)。

・亡くなった人のことをいつまでも追いすがってはいけない。行くに行けなくなり、いつまでもこの世に引きとめられ、「浮遊霊」になってしまう(江原さんは「浮遊霊」なんて言葉は使いませんが)。葬式は必要。葬式をすることで、「あんたはもう死んだんだよ」ってことをわからせる。亡くなった後は、仏教でいう49日くらいの間、この世に留まり(幽現界。この世とあの世の狭間)、その後あの世へ(幽界)行き、色々今生のことを反省して、霊界へ行き、「グループソウル」に溶け込み、しばらく「くつろぎのひと時」を過ごした後、再び、「この世に再生してもっと修行したい!」と思うようになり、再生を果たす。

・しかし、江原さんによると、後に残してきた家族のことが心配で、あの世に帰れない人はたくさんいるそうです。未浄化霊。本当の供養とは、私たち生きている側が、死者に心配かけずにこの世を生き抜くこと。私たちの(善く)生きている姿が死者にとって励みになる。

こんな感じでしょうか。本当はもっといろいろあったはずなんだけど。

ちなみに、私の前世は、ある霊能者の方の見立てでは、ヨーロッパ系が多かったみたいです。ずうずうしくも何度か貴族やってたそうです。騎士の頃は、騎士道精神を子供のころから叩き込まれ、現在、「正義感が強い」のはその影響だそうな。今現在の仕事は翻訳ですが、ヨーロッパ時代も通訳というか、外国との交渉、相談などに関わって、「町の発展に努めた」とのことです。直近の過去世は、アメリカの西部開拓者。というと聞こえはいいけど、ガンマン、カウボーイ、賞金稼ぎ、牧畜などいろいろやってたそうです。例のビリー・ザ・キッドの仲間に加わり、ニューメキシコのリンカーン郡の戦いでは、殺された雇い主の側についたそう。その後、南部の金持ち娘と結婚したけど、義理の親戚との不仲や、育ちが違いすぎるなどですぐ離婚。家をおん出たため、義弟に恨まれ、その後、その義弟が出した伝記からは存在がほぼ抹消されている。その後、事件に巻き込まれ、致命傷を負い、殺られる前に自分で自分の頭を吹き飛ばした。

霊感ゼロなんで、正直なところ、ほんとかどうかわからないけど。江原さんの言う通り、「前世はこうだったんだ」ということを知っても、「ふーん」という感じで、何の実感もない。それより、この世からなるべくはやく卒業したいって思う。でも、未熟だから、先は長いか。

ぎっくり腰になりました

数週間前から腰が少々痛かったのですが、木曜日、教習で座席を調整するときにギクッとやってしまいましたwobbly 本当にいきなり、ギクッとくるんですね。これは経験してみないとわかりません。木曜は、帰宅後、腰を曲げることができなくなり、激痛のあまり、しばらく安静していました。金曜日に、母が勧める近所の整骨院にいって鍼治療と電気治療をしたところ、少しよくなってきました。腰痛というのは実に辛いです。実際に経験しないと、どんな風に、どれほど辛いものかわからないものだなということを、これで初めて知りました。

先週の月曜には、電車で30分とかからない場所にある別の乗馬クラブでビジターとして乗ってきました。私の乗り方は、「手綱に頼っている」ということでした。本当はバランスで馬を動かさないといけないんですが。バランスを鍛えるレッスンということで、手綱を離し、両手を水平に広げたまま軽速歩するという練習をしました。最初のうちはまだいいんだけど、だんだんと鐙が足の裏の真ん中に来て、バランスが保てなくなる。

教習は3回済ませましたが、予想通り、悪戦苦闘しています。車を真っ直ぐ走らせるって結構、難しい。「目線の方向に車は進む」と言われてもね。。馬とおんなじこと言われてます。馬も「目線の方向に進むから、下を見てはいけない!」とよく注意されてます。教習所の教官っていうのは、性格に癖のある人が多いのか、実に憎たらしい口調であれこれ注意をしてきます。本当に何というか、「特殊な世界」? でも、夏には免許取って「遠くへ行きたい」から我慢、我慢。 

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